小籔千豊、芸人での成功以外の“もう1つの夢”は… 1度は引退を真剣に検討も
自身の才能を信じられず「どうせ売れへん」と考えていた小籔千豊。書店に行って手に取ったのは…。
■元相方は売れっ子作家
「Wikipediaチェック」と題された今回の動画。小籔が自身のWikipediaをチェックし、その情報の正しさ、それに関わるエピソードなどを語っていく内容となっている。
まずは1993年に当時の相方とコンビ「ビリジアン」を結成。その相方が構成作家を志すこととなり、2001年に「解散」となる。小籔いわく、元相方は現在「売れっ子作家。スゴいらしいよ」「大きな関西の番組には必ずいるというね」とのこと。
■警察官になるための本を読み…
解散した当時、「芸人として売れる夢」は潰えたと感じ、引退を考えたという小籔。当時の夢は2つあり、1つは「芸人としての成功」、そしてもう1つは「幸せな家庭を築くこと」だった。そのため、安定した職に就くことを考えたという。
求人雑誌を読み、書店に行って警察官になるための本を立ち読みしたことも。最終的には芸人仲間から慰留を受け、「なんとええ人に囲まれてたんか」「ありがたいな」と感じ、続けることを決意。当時交際していた女性と結婚し、最初はファミレスでアルバイトをしつつも、徐々に実力が認められ、2006年に吉本新喜劇の座長就任にいたったようだ。
■「どうせ売れへん」
Wikipediaを見てみると、過去に取材の中で、ビリジアン解散時には「芸人として一度死んでいる」「今、芸人をしている感覚がない」とも語っているらしい小籔。当時は自身の才能を信じることが出来ず、「どうせ売れへん」と考えていたようだ。
そこからの再起が目覚ましいわけだが、もちろん小籔自身の実力や胆力があったことは言うまでもなく、引退を引き止めた芸人仲間たちに先見の明があったこともまた事実だろうと筆者は思う。紆余曲折はありつつも、“2つの夢”を叶えたといえるだろう。





