福留孝介氏、プロ断り入った社会人野球の“給与額”明かす 感謝込め「大きかった」

ドラフトで近鉄が交渉権を獲得するも、福留孝介氏は日本生命へ。「プロ入ってお金もらっておかしくなる選手いっぱい見てきた」と社会人経験のメリットを明かす。

■近鉄交渉権獲得も「行かな~い」

1995年のプロ野球ドラフト会議。PL学園の怪物として注目された福留氏は、7球団から1位指名を受けた。

交渉権を獲得したのは、大阪近鉄バファローズ。しかし、「中日か巨人」を希望していたため、迷わず親に「行かな~い」と伝えた。あらかじめ決めていた通り、社会人野球の強豪・日本生命に入社する。

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■初任給は…手取り12万円

福留氏を待っていたのは、スター選手としての特別扱いではなく、1人の社員としての生活。「初任給は手取りで12万円」と告白する。

そこから寮費やクリーニング代を支払い、親にプレゼントを贈るなど、「普通の社会人としての金銭感覚」を身につけた。

「いきなり高校生からプロに入って、とんでもなくお金をもらっておかしくなる選手をいっぱい見てきた」とした上で、社会人の経験は「大きかった」と振り返った。

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■業務内容は?

野球の練習が中心の生活ではあるが、オフシーズンになれば一般社員と同様に定時出社する日々。担当していた業務について「高卒で入ったので、大卒の方とは仕事内容が違った。日本生命の支社がイベントをやったときに使う色紙にサインしたり、コピー室でコピーを取ったり。僕の仕事はそんなもん」と話した。

その1o数年後、メジャーにて4年53億円という契約を結ぶほど大活躍した福留。天才と称された福留氏の勝負強さや、浮足立つことのない安定感は、若き日の「12万円の月給」、コピー機の前で過ごした地道な社会人経験という、地に足の着いた土台があったからこそ育まれたものなのかもしれない。

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