笠井信輔アナ、31年前の地下鉄サリン事件めぐる“衝撃の事実”を告白 元死刑囚はじつは…
地下鉄サリン事件から31年。現場で中継していた笠井信輔アナ。2日経過し、後輩男性から「事件に遭遇して」と連絡があり…。
■現場で中継していた
地下鉄サリン事件は95年3月20日の午前8時ごろに発生。営団地下鉄(現・東京メトロ)の丸ノ内線、日比谷線、千代田線の5つの車両内で宗教団体のオウム真理教によって神経ガスのサリンが散布され、乗客や駅員13人、後に乗客1人の計14人が死亡、6,000人以上が負傷した。
当時フジテレビアナだった笠井アナは、生放送中に事件の速報が入り急きょ現場へ。「結局、報道局の判断により、私はワイドショーのリポーターとして出動したのですが、そのまま夜9時まで連続11時間、築地駅前で中継を行ったのです」と回顧する。
中継後、翌日まで頭痛が続き、「もしかしたら、サリンを吸ってしまったのかもしれない」と不安に。「その日の晩の不安は今でも忘れられません。最終的には、私自身も自衛隊の散布した『サリン解毒剤」を吸い込んだことが原因とわかりましたが…」と記した。
■元死刑囚も同じ高校で…
事件から2日後、高校時代に親しくしていた1学年下の男性から「先輩、サリンを撮影しました」と電話が。「あの日、霞ヶ関駅で事件に遭遇して『サリンの写真』を撮影したというのです」「まさに電車のなかで『つぶれかけているサリンの袋からサリンが漏れ出ている』信じられない写真だったのです」と説明する。
さらに、笠井アナは「オウム真理教でサリン生成方法を確立し、極刑に処された土谷正実元死刑囚 じつは、彼も同じ高校の出身です」と告白。
後輩男性と土谷元死刑囚は同学年で、「私の弟も同じ高校で1つ下だったので、彼の存在は知っていました。楽しく、懐かしく、良い思い出しかない高校生活でした。同じときを、同じ高校で青春を謳歌した3人が、その15年後に、事件を起こした【死刑囚】と、サリンの写真を撮影した【被害者】と、アナウンサーになった【取材者】として繋がるなんて人生はわからない」とつづった。
■事件から31年「あの日何があったか調べて」
事件発生から今年で31年。笠井アナは「地下鉄サリン事件を知っていても、それが3月20日のことであったと覚えている方は、本当に少なくなりました せめてこのブログを読んだ方だけでも、あの日のことを思い出したり、あの日何があったか調べていただけるとと思って書かせていただきました」とし、最後は「亡くなられた方々のご冥福を改めてお祈り申し上げます」と締めくくった。
今でも当時の現場の状況をリアルに伝えられる、笠井アナのような存在はとても貴重。今の平和が決して当たり前ではないことを、3月20日が来るたびに再確認したい。





