伊達みきお、3・11発生時は夜なのに「火事が凄くて空まで明るかった」 ロケ中に被災し見た“壮絶な光景”
東日本大震災から15年。宮城気仙沼市でのロケ中に被災したサンドウィッチマンの伊達みきおが、「何年経っても、あの怖かった時間とか音とか匂いは忘れない」と記憶を明かす。
■ロケ中に被災し非難
2011年3月11日に起きた東日本大震災。宮城出身の伊達と相方の富澤たけしは当時、気仙沼市でのロケ中に被災し、津波から避難した経験がある。
その後、復興支援のために精力的に活動し、「東北魂義援金」を開設。集まったお金で洋式個室水洗トイレ、給排水タンクなどが備えられたトイレトレーラーを気仙沼市に寄贈している。
■今年も気仙沼市へ
今年で発生から15年。伊達は毎年、壊滅的な被害を受けた気仙沼市でこの日を迎えていて、今年も現地へ。
「ご家族が亡くなられた方、未だ行方不明のご家族がいる方…。無事だった我々なんかにはどうやったって同じ気持ちにはなれないけど、これからも出来る限り寄り添って生きたい。あの津波からともに逃げて助かったことには変わりないから」とつづる。
■「気仙沼の空はオレンジ色。空まで明るかった」
本来なら綺麗な星空が見えるが「震災の日の夜、気仙沼の空はオレンジ色でした。津波で重油タンクが流されて、その重油に火がつき、とにかく火事が凄くて空まで明るかった」と明かし、「何年経っても、あの怖かった時間とか音とか匂いは忘れない」と記す。
そして「経験した大人が、しっかりと子供達に伝えて行かないとですね。改めて、この日は強く思います。2026 3 11 気仙沼大島より」と締めくくった。
「無事だった我々には同じ気持ちにはなれない」という伊達だが、寄り添い続ける彼らの存在は、多くの被災者にとって大きな心の支えになっているのではないだろうか。
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(文/Sirabee 編集部・荒井どんぐり)





