谷繁元信氏、ベイスターズから中日に移籍した理由ぶっちゃけ 「当時の監督と…」

ベイスターズ時代にFA宣言した谷繁元信氏。じつはメジャーの球団からオファーがあって…。

谷繁元信

元中日ドラゴンズ監督で野球解説者の谷繁元信氏が21日、お笑いコンビ・アンジャッシュ渡部建のYouTube『渡部のサシ飲み』に出演。中日移籍の裏話を明かした。

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■谷繁氏が告白「監督と反りが合わなかった」

谷繁氏は1988年ドラフト1位で横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団。98年にはベストナイン、ゴールデングラブ賞、最優秀バッテリー賞を獲得し、38年ぶり2度目の日本一に貢献した。

2001年オフに中日に移籍したが、その理由について「当時の監督と反りが合わなかった」と告白する。

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■メジャーからオファー届くも…

それに加え、FA宣言時にオファーしてきた日本の球団は中日のみで、「だから、残留かドラゴンズか」という状況だった。

また、同時に模索していたメジャー挑戦についても言及。サンディエゴ・パドレスからオファーはあったものの、提示された契約内容に「この契約だったら日本に残れ」と代理人からと諭され、日本球界での続行を決めたという。

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■渡部が質問「今後話があったら?」

中日では選手兼任監督も務めたが、キャリアをスタートさせた古巣への愛着は特別。三浦大輔氏がDeNAの監督を退任する際は、球団からのオファーの電話を待ち続けていた。

結局、その電話が鳴ることはなかったが、「今後、ちょっとでも話があったら?」という渡部の問いに対し、谷繁氏は「もちろん」と即答。ベイスターズ、中日の両球団に対して並々ならぬ思い入れがあることを強調した。

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