元ヤクルト若松勉監督、衝撃受けたレジェンド選手を告白 「ピッチャーライナーがバックスクリーン超えに…」
元ヤクルト監督の若松勉氏が打球の飛距離に衝撃を受けたのは…。現役引退後も「ブンブン振ってた。野球辞めてもこんだけ振れるんだって」と振り返る。
■中西太さんの本塁打伝説
中西さんは、1952年に西鉄ライオンズに入団。豪快なバッティングで「怪童」と呼ばれ、本塁打王5回、打点王3回、首位打者を2回獲得した。
若松氏が衝撃を受けたのは、打球の飛距離。「話を聞いたら、平和台(球場)でピッチャーライナーがそのままセンターのバックスクリーンを超えたっていう」と伝説を明かした。
■コーチになってからも「ブンブン振ってた」
中西さんは現役引退後、ヤクルトのコーチに就任。当時38歳だった。若手だった若松氏も打撃指導を受けており、「しゃべるのもうまいし、バットを自分から振って。こういうふうに打つんだって感じで、ブンブン振ってましたからね。野球辞めてもこんだけ振れるんだっていうね」と振り返る。
中西さんの指導は、相撲の動きを取り入れた独特なもの。「足を大きく上げて踏み出すのではなく、右足で止めて左足の親指に力を入れて前の膝にぶつけるような、すり足のバッティングを教えてくれた」という。
■山田哲人らにも継承
恩師のおかげもあって若松氏は、プロ通算2,173安打、打率.319の成績を残す大打者に。この中西理論は若松氏を通じて、後のヤクルトの強打者の青木宣親氏、山田哲人にも受け継がれていったと説明した。
中西さんの「ピッチャーライナーがバックスクリーンを超えた」というエピソードは、今の時代のファンからすると信じられないような話だが、若松氏のような超一流が語ることで、そのすさまじさがよりリアルに伝わってきた。
こうした師弟関係が時代を超えてチームの伝統を作っていく様子は、スポーツの醍醐味の1つと言えるだろう。





