古田敦也氏が試合で“赤のミット”を使用した理由 「青よりも…」高津臣吾氏が明かす真相
青のキャッチャーミットがトレードマークだった元ヤクルト古田敦也氏。赤のミットを使い出したのは高津臣吾氏がきっかけで…。
■わがままも受け止めてくれた恩師
自身の野球人生においての恩師として、女房役だった古田氏を挙げた高津氏。当時監督の野村克也さんが投げかける難しい課題を2人でどう解決し、最後のアウトをどう取るかを常に考えていたことが成長につながったと語る。
たとえ打たれて結果が出なかったときでも、古田氏が怒ることはなく、「次はこうしてみよう」と前向きなアドバイスをくれた。高津氏のわがままや愚痴に対しても、大きな器で受け止めてくれたそう。
■青から赤のミットに変更
高津氏のパフォーマンスを最大限に引き出すため、古田氏は自身のこだわりを捨ててまで協力してくれた。
古田氏といえば青のキャッチャーミットがトレードマークだったが、高津氏は「赤のほうが(気持ちが)燃える。青よりも力が入る。狙っていける」という理由で、赤のミットに変えてほしいと直談判。すると、古田氏はわざわざミットを付け替えて試合に臨んでくれたと言い、「気持ちの問題ですけど。そういうわがままも聞いてくれる」と感謝した。
■古田氏との深い信頼関係
捕手が自分の道具のこだわりを捨ててまで投手の要望に応えるというのは、極めて異例なこと。高津氏の感覚的なわがままを受け入れた点に、古田氏の名捕手としての真髄を感じた。
単に技術でリードするだけでなく、投手のモチベーションやメンタルを最優先に考える。高津氏が恩師に選ぶ理由が、このエピソードに凝縮されている。お互いのわがままを許容し合える深い信頼関係があったからこそ、あの黄金時代のヤクルトの守護神は誕生したのだろう。





