元ヤクルト高津臣吾氏、現役時代で“最も緊張した登板”を告白 清原から始まる強力打線に「あの試合だけは…」
前ヤクルト監督の高津臣吾氏が『名球会チャンネル』に出演。現役時代最も緊張した試合を語った。
■高津氏がゲスト出演
動画ではニッポン放送の煙山光紀アナウンサーと高津氏がトーク。そのなかで同氏が「最も印象に残っているセーブ」として、1993年の日本シリーズ・ヤクルトスワローズ対西武ライオンズ戦を挙げる。
当時、ヤクルトが勝てば王手という試合だったそうで、「当時の西武は本当に強くて、しかも王手のかかる第4戦で1対0。川崎憲次郎がそこまで投げて、バッターは4番・清原和博さんから始まる打線。すごく難しい打線からのスタートだった」と振り返った。
■緊張した試合を語る
煙山アナが「清原・秋山幸二・垣内哲也・田辺徳雄」という打線と紹介すると、「高津氏は先頭の清原さんには粘られてフォアボールを出したんですけど、なんとかその後を抑えて、1対0で勝った試合」と回想。
「あの試合は興奮もしましたし、たぶんプロに入ってから、セーブシチュエーションで投げたなかでは、一番緊張したゲームだったと思います。あんまり緊張するタイプじゃないんですけど、あの試合だけは興奮も緊張もしましたね」と語る。
その理由を質問されると、「日本シリーズで相手が西武だっていうのもあったでしょうね。全部が重なったゲームだったと思います。なかなか、あの後しゃべれなかった記憶がありますね。思うことはあっても、喉がカラカラで興奮して、言葉が出なかったっていう記憶があります」とコメントしていた。
■最強を誇った西武
高津氏が「緊張した」と語った1993年の日本シリーズはヤクルトと西武の対戦。ライオンズは当時黄金期で、90年~92年までシリーズ3連覇と絶対的な強さを誇った。
第4戦は1対0でスワローズが勝利し、3勝1敗と王手をかけたが、その後西武が2連勝し、第7戦に突入。ヤクルトが広沢克己氏の3ランホームランで先制し、追い上げるライオンズを川崎氏と高津氏が抑えて、日本一を手にした。
当時の西武は「最強」で、1985年の阪神タイガースに負けて以降、1986~88、90~92年まで日本一となっていた。この年にヤクルトが勝ったことで、勢力図に変化が起きた。





