古田敦也氏、レジェンド選手らが明かす“球団オーナー”の待遇に驚き 「廊下からずっと赤絨毯…」
松下電器(現パナソニック)野球部出身で阪急ブレーブスOBの福本豊氏・加藤英司氏・山口高志氏が偉大な経営者松下幸之助氏とのエピソードを語った。

元東京ヤクルトスワローズ・古田敦也氏が10月21日、自身のYouTube『フルタの方程式』に出演。阪急ブレーブスレジェンド選手が語ったパナソニック(旧松下電器産業)元社長・松下幸之助氏のエピソードに驚きの声を上げた。
■松下電器時代のエピソードを語る
動画では、阪急OBで松下電器野球部出身の福本豊氏・加藤英司氏・山口高志氏の3人が、社会人時代のエピソードを語る。
3人が松下出身であることを聞いた五十嵐亮太氏が「松下幸之助さんとお会いしたことはありますか?」と質問する。
これに福本氏は「会長(松下氏)は、都市対抗野球大会に行くときとか、大会に行くときに挨拶のために来られた」と明かした。
■山口氏は「入社した日に会った」
山口氏は「入社した日に会いました。挨拶に連れて行ってもらった。廊下からずっと赤絨毯が敷いてあって。ビックリしたのは福耳。すごく大きかった」と振り返る。
加藤氏も「玄関に入ると靴磨きが置いてあるのよ、靴が汚かったら、もう全部磨いてくれる。『ええ、ここまでしないと、いかんのか』と。部屋に入っていったらあの人 、1人で座っとんねんけど、そこに届くまで時間かかった。部屋が広かった」と回想。
話を聞いた福本氏も「会長を目の前で見ることないもん。自分たちは野球をしとったから(見られた)」と語った。
■都市対抗出場時の思い出も語る
松下電器時代について加藤氏は「都市対抗で優勝したとき、1カ月ぐらい姫路に行っていたよな」とつぶやく。
古田氏が「都市対抗で優勝したんですか? 姫路ということは広畑? 自分のチームで出られなかったということですか?」と質問する。
福本氏は加藤氏とともに富士製鐵広畑(現・日本製鉄瀬戸内)の補強選手として、都市対抗に出場した際のエピソードを語っていた。
■古田氏も都市対抗に出場
都市対抗野球は1927年(昭和2年)に開始された社会人野球の全国大会。トヨタ自動車に所属していた古田氏も出場した経験を持つ。
「補強選手」とは同地区の都市対抗予選で勝ったチームが、同地区の敗れたチームから選手を3人(2009年までは5人)レンタルで獲得できる制度。都市対抗独自のシステムで「補強選手が活躍したチームが優勝する」というジンクスがある。
松下幸之助氏はパナソニックホールディングスを1代で築き上げた「経営の神様」。その卓越した経営戦略と先見の明は、現在も多くの人々から尊敬を集めている。




