片岡篤史氏が驚愕した“6人の外国人選手” 高橋慶彦氏が当時の脅威明かす「エグかった」
高橋慶彦氏が現役時代に対戦したなかで最も凄かった外国人選手を告白。片岡篤史氏も驚いたようで…。
■高橋氏が語る強打者・クロマティ
動画では高橋氏がプレーした時代の外国人選手をトーク。片岡氏が、元読売ジャイアンツのウォーレン・クロマティ氏について、「どうでした?」と質問する。
話を聞いた高橋氏は「ピート・ローズの延長線ぐらいな感じやったね。 こうやって構えて、普通にパーンって回るから。腰を曲げて、クラウチングにして」とクロマティ氏のトレードマークだったクラウチングの構えをメジャー通算最多安打記録保持者のピート・ローズ氏に例えた。
■マニエル、ホーナーのパワー
高橋氏は「エグかったのはチャーリー・マニエル。ヤバい、ヤクルトにいた時は特に」とヤクルトスワローズと近鉄バファローズに在籍したマニエル氏を挙げる。
片岡氏が「赤鬼でしょ」とつぶやくと、「あとホーナーがいた。3連発を食らっているもん。バットが軽かったんだ、それでパーンと。3連発、みんな食らってんじゃない?」とヤクルトのボブ・ホーナーにも言及した。
■シピン、ポンセ、モッカ…
当時は学生だった片岡氏もホーナー氏について「当時、バリバリのメジャーが来たんですよね。ぴょんと打っていましたね」とコメント。
その後、2人は横浜大洋ホエールズと読売ジャイアンツに在籍したジョン・シピン氏、スーパーマリオの愛称で人気だったカルロス・ポンセ氏、中日ドラゴンズのケン・モッカ氏について語り合っていた。
■マニエル氏はMLBで世界一に
マニエル氏は1976年スワローズに加入。2年目に打率3割1分6厘、42本塁打、97打点と大活躍し、翌年も打率3割1分2厘、39本塁打を放ち、球団創設初優勝の原動力となった。
1980年に近鉄バファローズに移籍すると、パ・リーグでも打ちまくり、ホームラン王とMVPを獲得し、近鉄の初優勝にも貢献。1980年も2年連続ホームラン王と打点王になり、連覇に導いた。引退後は指導者に転身し、フィラデルフィア・フィリーズの監督としてチームをワールドチャンピオンになっている。
ホーナー氏は1986年にヤクルトに入団。93試合で31本のホームランを放ち、CMにも出演するなど人気となった。しかし、日本野球を下に見ていたそうで、チームメイトからの評判が悪く、わずか1年で退団した。





