長嶋茂雄さんのアテネ五輪秘話、じつはコーチに伝えていたこと 「俺のことは…」
アテネ五輪で守備走塁コーチとして招集された高木豊氏。最初のミーティングで、長嶋茂雄さんから言われたことは…。

元プロ野球選手で野球解説者の高木豊氏が3日、公式YouTubeチャンネル『高木豊 Takagi Yutaka』に出演。同日肺炎のため亡くなった、巨人軍終身名誉監督・長嶋茂雄さん(享年89)との秘話を語った。
■ミーティングで言われたこと
涙を流しながら、2004年のアテネ五輪でのことを思い出した高木氏。「1回コーチとしてユニホームを現場で着て、解説をやってる人の中から選ぼうということでお声がかかったんだと思う」と守備走塁コーチとして招集される。
最初のミーティングでは、監督だった長嶋さんから「お前の好きにしていい。お前の責任でやってくれ。それぐらい信用して呼んでる。俺のことは気にしないでやれ。お前に全部任せた」と言われたという。
■「どんなに優秀な人間がいても…」
高木氏の経験上、「そう言って口を挟む人が多い」と言い、長嶋さんに対しても「本当かなと思った」という。しかし「長嶋さんは一言も言わなかった。不安で確認に行ったら『お前のことを信じてる』って」と明かし、「組織というのがどう動けば1番円滑にいくかっていうのを、1番考えて知ってる人なんじゃないかと思った」と振り返る。
「アテネのときも印象的だったのが。チームを作る上において、どんなに優秀な人間がいても和を形成できないチームは弱いと。だから和を作れるように我々も選手たちに協力しよう、我々も努力しようということで、アテネの予選のチーム作った。だから素晴らしいチームになった」と話す。
■空港で出迎えてくれた
長嶋さんは大会前に脳梗塞で倒れたため、指揮を執れず。それでも、チームについてコーチ陣とFAXでやり取りするなど、病床でも野球のことは忘れなかった。
そして、日本代表が銅メダルを獲得し帰国した際は「長嶋さんが成田(空港)に来てくれて。姿を見せていただいた」と回想。「我々が知ってる元気な長嶋さんではなかったけど、ありがたかった。うれしかった」としみじみと口にした。




