日本一読むのが難しい俳句、ルビの「クセが強すぎる」と話題 「絶対読めない」と驚きの声も…
鹿児島市が掲出する選挙啓発作品の「ルビが独特すぎる」と話題。鹿児島の文化・薩摩狂句をめぐり、有識者に話を聞いた。
■そもそも「薩摩狂句」って何だ?
薩摩狂句はルビが独特すぎる。 pic.twitter.com/EvUFtypp76
— 田部連@『図説中世島津氏』発売中! (@tabenomuraji) March 27, 2025
今回話題となった件のパネルは、鹿児島市役所本館正面に設置された「選挙啓発標語・川柳・薩摩狂句」の、最優秀作品と判明。
こちらの詳細について、鹿児島市の担当者は「以前より、投票率を向上させるため、小・中学生を対象にした作文や標語の募集を行っておりましたが、2002年から募集対象を一般の方々に拡大する際、標語・川柳に加え、鹿児島の方言で詠まれた川柳である薩摩狂句も募集対象としました」と、説明している。
なお、独特なルビに関しては「基本的に、作者の方が提出された内容のままとなります」とのこと。

ちなみに「(唱)の後に続く七七の句は「返し」と言われるもので、こちらは薩摩狂句の愛好者が協力し、作成したという。いわゆる「連歌」の形式だろう。
薩摩狂句が「鹿児島弁で読む川柳」ということを理解した記者は、薩摩狂句の愛好家グループ・竹馬(さんげし)会の会長を務める平澤泰山(ひらさわ・たいざん)先生に、より踏み込んだ話を聞いた。
■鹿児島弁バリバリの強面、と思いきや…
今年で81歳の誕生日を迎える平澤先生は、鹿児島市に在住。「薩摩狂句」に関するテレビ番組にも多数出演しており、現在は公民館などで薩摩狂句の講師を務めているという。
誤解を恐れずに白状すると、「鹿児島弁を話す80歳の男性」と聞き、記者は非常に緊張していた。
「幕末最強」と名高い薩摩藩をルーツに持つ高齢男性ともなれば、バリバリの鹿児島弁を話し、いったん怒らせると「チェストー!」と叫び出す、絵に描いたような薩摩隼人では…という、偏見に塗れた不安に駆られていたのだ。
しかしいざ話してみると、平澤先生は綺麗な標準語で話す、温和で穏やかな老紳士であった。言葉のイントネーションから、方言や訛りは全く感じられず、「この人が本当に薩摩狂句を詠むのか…」と、驚いてしまったほどである。
文献によると、薩摩狂句が初めて世に発信されたのは1908年(明治41年)、『鹿児島新聞』(現、南日本新聞)の記事に掲載されたのが初めてだという。
そのルーツについて、平澤先生は「熊本に『肥後狂句』というものがあり、『鹿児島にも方言があるから、やってみたらどうか』と考えだしたのが、薩摩狂句の始まりと言われています」と、説明している。
平澤先生曰く、鹿児島弁の使用を基本とし、日常生活の中で起こった出来事を皮肉に、時にはユーモアを交え、時には穿ち、人間の喜怒哀楽や人情の機微を五七五で表現するのが、薩摩狂句の特徴だという。
そんな薩摩狂句の象徴として、平澤先生は「木強漢 刀ん尖端で、髭を剃っ」という作品を挙げる。読み方がサッパリ分からない…という人が大半かと思うが、こちらの句は「ぼっけもん かっなんさっで、ひげをそっ」と読むのだ。
木強漢(ぼっけもん)は「うつけもの・愚か者」といった意味で、「日本刀の先端を使って髭を剃る」という、豪胆な人物を詠った句。この「思いついても、まさか本当にそんなことをするとは」という内容が、平澤先生のお気に入りだという。
■「電話が鳴ると鹿児島県民いなくなる」
文化教育の一環で、中学校に薩摩狂句を教えに行った経験のある平澤先生。しかし、現代では鹿児島弁で話す若者はほとんどおらず、たとえ読めたとしても、薩摩狂句を「自分で作る」のは、非常にハードルが高いという。
その背景について、平澤先生は「私は今年、81歳を迎えます。私が小学生の頃から、学校で『鹿児島弁を使わないで、標準語で話すように』という指導が始まりました」と、振り返る。
その結果、70年以上の時を経て、徐々に鹿児島弁の「後継者」が減少していったのだ。
また、鹿児島弁を象徴するエピソードとして、平澤先生は「昔は就職列車(集団就職)と呼ばれるものがあり、学校を卒業した子供たちが企業や店舗に集団で就職するケースがありました」「すると、全国からやって来た子供たちがひとつの場所に集まるわけですが『電話の音がしたら、鹿児島県民はいなくなる』と言われていました」と、語り出す。
その理由は「会話にならないから(電話に出るのを避ける)」とのことで、如何に鹿児島弁が特殊な方言であるかが窺えるエピソードではないだろうか。

そんな鹿児島弁を話す人が減っているとなれば、それは即ち、薩摩狂句の詠み手が減っているということ。
今回、X上で薩摩狂句が注目を集めた件について、平澤先生は「鹿児島の、薩摩文芸として薩摩狂句を詠んだり、作ったりする人が増えてほしいですね」「薩摩狂句の世界は高齢化しており、若い人がなかなか入ってきません。若い方々に入ってほしい気持ちでいっぱいです」と、語る。
続けて「鹿児島弁そのものを使う人が少なくなっているため、絶やしたくない、という思いも強いです。ぜひ薩摩狂句に興味を持って、楽しんで、この世界に踏み込んでほしいと思います」と、呼びかけていた。
今回の件を受け、鹿児島弁に込められたパワーや魅力に、改めて気づいた人は多いのではないだろうか。
■執筆者プロフィール
秋山はじめ:1989年生まれ。『Sirabee』編集部取材担当サブデスク。
新卒入社した三菱電機グループのIT企業で営業職を経験の後、ブラックすぎる編集プロダクションに入社。生と死の狭間で唯一無二のライティングスキルを会得し、退職後は未払い残業代に利息を乗せて回収に成功。以降はSirabee編集部にて、その企画力・機動力を活かして邁進中。
X(旧・ツイッター)を中心にSNSでバズった投稿に関する深掘り取材記事を、年間400件以上担当。ドン・キホーテ、ハードオフに対する造詣が深く、地元・埼玉(浦和)や、蒲田などのローカルネタにも精通。
・合わせて読みたい→中居正広氏も参加したスイートルーム会合 “全裸で手招き”した男性タレント、ヒアリングを拒否していた
(取材・文/Sirabee 編集部・秋山 はじめ)




