北朝鮮はなぜ異常なミサイル実験を繰り返すのか? 答えは「金王朝」存続のためだ
【舛添要一『国際政治の表と裏』】異常なほどミサイルを打ち続けている北朝鮮。そこには金正恩が思い浮かべる“とある狙い”が…。
今年になって、北朝鮮は異常な頻度でミサイル発射を繰り返している。1月には7回も実験を行い、その後も何度もミサイルを発射し、実験回数はすでに30回以上にもなっている。
■今年になって異常な発射回数
射程も、短距離、中距離は言うまでもなく、アメリカ本土に到達するような長距離のICBM(大陸間弾道弾)まで発射した。この新型の「火星17」ミサイルは、射程が約1万5千㎞とアメリカ全土を射程におさめる高性能である。ICBMの発射実験は、2017年以来5年ぶりのことである。
12月になってからも、18日に日本海に向けて2発の弾道ミサイルを発射している。1回に複数のミサイルを発射しているので、今年はもう90発近いミサイルを発射していることになる。
■核抑止とは相手の攻撃を鈍らせることだ
北朝鮮の創立者、金日成は、アメリカの攻撃から自国を守るには核武装しかないという確信をもって、核兵器やその運搬手段であるミサイルの開発をスタートさせた。もしアメリカが平壌を攻撃してくれば、北朝鮮はニューヨークやサンフランシスコを核攻撃するという政策である。これが実現すれば、大きな抑止力としてアメリカの攻撃意欲を鈍らせるというわけである。
その路線は、息子の金正日、孫の金正恩にも引き継がれ、今日までに核ミサイル開発は長足の進歩を遂げてきた。アメリカの同盟国である日本や韓国は、既に北朝鮮の核ミサイルの射程圏内に入っており、大きな脅威となっている。
■ウクライナ戦争を利用する
北朝鮮が頻繁にミサイル発射実験を行っているのは、国際社会がウクライナ戦争への対応に追われており、即座の対処ができないことを見越しているからである。
国連決議に違反してミサイル実験を繰り返す北朝鮮に対して、制裁を強化するアメリカの国連安保理決議案は、13カ国が賛成したものの、中国とロシアが拒否権を行使したため、5月26日に否決された。2017年のときは、中国もロシアも北朝鮮のミサイル実験を批判したが、今回はそのような態度を示さなかったのである。
国連の機能不全が問題になっているが、金正恩はウクライナ戦争がもたらした対立図式をうまく利用しているのである。
■ウクライナから核開発のノウハウ入手
ソ連時代のウクライナは核大国であったが、ソ連邦崩壊後の1994年12月5日に署名された「ブダペスト覚書」によって、ベラルーシ、カザフスタンと共に非核化された。これは、アメリカ、イギリス、ロシアが合意したもので、非核化の代償として、この英米露三カ国が非核化された国々の安全を保障するという約束であった。
その保障が全く効果をもたらさなかったことは、ウクライナの現状を見ればよく分かる。その点はともかく、非核化によって、ウクライナの核関連の技術者や科学者が大量に失職してしまった。それに目をつけたのが北朝鮮で、彼らをリクルートしたり、古い潜水艦を購入したりしているのである。
金正恩は、もしウクライナがソ連邦時代のように核兵器を持っていたら、プーチンも容易には侵攻できなかっただろうと思ったはずである。だから、ウクライナの二の舞にならないためには、核武装しかないと再認識したと考えてよい。
■金一族の独裁維持が最大の狙いだ
金正恩にとって最優先の課題は、「金王朝」、つまり独裁体制の維持である。金正恩は、ルーマニアのチャウシェスクやリビアのカダフィのような悲惨な最期を遂げたくないという思いが強い。
そこで、アメリカが北朝鮮を攻撃しないために、核兵器とアメリカ本土に到達するICBMの開発に全力を挙げているのである。ミサイルは運搬手段であり、ICBMのほかには、爆撃機で核爆弾を運んで落とす方法、潜水艦からミサイルを発射する方法(SLBM)がある。爆撃機でアメリカまで飛来するのは困難なので、北朝鮮はICBMとSLBMに力を入れている。とくにSLBMは海中を潜行して探知されずにアメリカ本土に近づくことができるので、最近はこの開発も進めている。
そのために、巨額の予算をつぎ込んでおり、社会福祉などに回すお金はなくなっている。北朝鮮の独裁者にとっては、国民が飢えようが構わないのである。金日成は「肉入りスープと瓦葺きの家」を国民に与えるのが夢だと語ったが、今のように核ミサイルの開発に狂奔していれば、その夢は容易には実現しないであろう。
■執筆者プロフィール
Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。
今週は、「今年急増する北朝鮮のミサイル実験」をテーマにお届けしました。
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(文/舛添要一)