古賀稔彦さん、生前遺した「柔道精神」がベトナムで奇跡を起こしていた

柔道金メダリスト・古賀稔彦さんが亡くなって10日。生前、最後に訪れた海外の道場を取材した。

■道場に連絡すると…

古賀稔彦
(提供:ベトナム・カウザイ柔道クラブ)

そんな古賀さんとの出会いを果たしていたカウザイ柔道クラブに、しらべぇ編集部は連絡をとった。すると道場側から以下の回答が。

「古賀先生が亡くなられたと知って私たちは驚き、大変悲しみました。皆、先生に憧れ、そのスタイルに近づけるよう練習を重ね頑張ってきたのです。レジェンドである先生と初めて会えて本当に光栄でしたが、それが最後の出会いになってしまったとは…。

先生が最後に訪れた外国の柔道クラブとして光栄に思い、これからもより多くのベトナム人へ柔道の情熱を伝える責任を我々は継承します。偉大な武道家に敬意を表して。カウザイ柔道クラブ」。


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■8年越しで「有段者」に

古賀稔彦
(道場メンバー近影。前列左から2人目がタンさん。提供:ベトナム・カウザイ柔道クラブ)

古賀さんが遺した柔道の精神や技術はその後も、カウザイ道場で生き続けた。

「先生が日本に帰国した後、私たちはベトナム柔道黒帯試験を受け、8年間待った後に柔道黒帯になりました!」とタン先生。過去の写真では初段前の階級である「茶帯」をつけていたが、最近の投稿では立派な「黒帯」を腰に巻いている写真が目立ち、練習生たちにも有段者が増えた。

古賀さんが亡くなった日、カウザイ道場がフェイスブックに投稿した「古賀稔彦先生に捧ぐ、伝説は決して死なない」という追悼メッセージが、全てを表しているようだった。

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(取材・文/しらべぇ編集部・キモカメコ 佐藤

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