TVが新型コロナ問題を混乱させる理由とは マスコミによる情報統制の問題点
緊急事態宣言以降、自粛のための新型コロナの恐怖煽り一辺倒のテレビ報道について多角的に分析。
■理念なき報道
ゲストの橋下徹氏は医療崩壊に対して、自粛を要請するならば経済的な補償をすべきと持論を主張し、PCR検査についても軽症者をホテルに移送するが故に対応可能になることと述べるのみだった。
この番組が代表ということでもなく、どのTV報道も総じてともかく政府を批判し、コロナの危険を訴えればいいという安易なものに固定化されている。橋下氏のようなゲストがいて初めて実践的な主張が議論されうるのだ。
■批判より政策提案を
市民活動では、1990年代には政府をはじめとする機関と協同し政策実現を目指す活動が増えていた。安易に政府を批判すれば役目を果たしているといった姿勢の報道では、有効な政策提案にまでは至らない。
諸外国と比較し安倍政権を批判する報道は、ただ批判するよりはよいかもしれないが、日本の現状分析を欠いた批判ありきの比較では有効な提案とはならないのだ。
■せめて討論番組を
その点、『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系列)などはタブーのない生放送での本質的な議論がなされ、政策提案としても十分な価値があった回が評価を得ている。政策提案までは難しくともせめて討論形式を目指すべきだ。
コメンテーター同士の討論性が増すだけでも昨今話題の芸人コメンテーターもカンニング竹山ぐらいしか生き残れなくなるのではないだろうか。
■TV報道に翻弄される日本
コロナの影響でTVの収録は困難となり報道番組を優先しているが、むしろ報道番組こそ再放送に変えてはどうかと思うほどに、足かせとなっているように思われる。
言論の多様性を失ったTV報道は、人々や社会に対し不安を蓄積させていくのだ。人々はリーダーシップの先鋭化を求め、知事たちがこれを利用する。そのような中、安倍政権自身が逆説的にも国家の強権的介入を否定し、冷静な対処をしているといえよう。
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(取材・文/メディア評論家・宮室 信洋)