量が増やせないから質を上げる 杜氏の郷・柿崎で『吟田川』を醸す代々菊醸造
吟田川と書いて「ちびたがわ」と読むのが主銘柄だ。
海沿いにある柿崎駅から内陸に向かい、市街地を抜けると一気に視界が開ける。はるか後方に連なる山並みを背景に広がるいちめんの田んぼ。その向こう、木立に囲まれているのは神社かと思えば、代々菊酒造だ。
田んぼに水が張られる季節には、湖に浮かぶ島のように見えるかもしれない酒蔵。
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■頸城杜氏の里、柿崎で
代々菊醸造のある柿崎は、頸城杜氏の里。広範囲にある頸城杜氏の出身地の中でも、柿崎は代表的な場所といえる。1783年(天明3年)創業の代々菊醸造蔵元、中澤房尚さんは酒造りも手伝う。
酒造りは、農業を家業にする通いの杜氏が担う。頸城杜氏は、お声がかかれば遠い他県に出ることも少なくなかったというが、やはり、地元で通えるのは嬉しいことだろう。
「吟田川」は、地元でしか飲めない酒、と評判だ。
「もう、これ以上、量を増やすことはできないから。敷地の限度もあるし、全量湧水・槽搾り・瓶燗。ボトルにもこだわっている。ということで、大量に造ることはできない。そうなると質を上げていくしかないのです」
中澤さんは、飄々とした風情で、まるで自然の摂理のように語る。
■水不足が出会わせてくれた湧水
仕込み水・割り水には湧き水を都度都度運んできて使用している。 銘柄の「吟田川」は、ちびたがわ、と読む。
酒蔵からは車で30分ほどの地名(柿崎区大字旭平字吟田川)であり、霊峰米山の中腹、標高約250mあたりが湧水地となっている。
「冷たい水」の「冷」が「吟」に時の流れの下、変化したと憶測される。現在、酒造り仕込み水には、この水しか使わないのだという。
吟田川との出会いは、1994年の水不足がきっかけだった。
「使っていた地下水も枯れてしまって、やっとこの水に巡り会いました。淡麗でありながら、味のしっかりした旨口になる超軟水なんです」
たまたま、取材中に蔵人によって水が運ばれてきた。厳冬期の中でも、「最も寒いため水が腐らない」と言われる寒の入り(小寒)から9日目には、中澤さん自身も車を走らせ、「寒九の水汲み」に行くという。