『笑点』の司会者交代は不安の声 人気凋落の可能性も?

(写真は『笑点』公式サイトのスクリーンショット)
(写真は『笑点』公式サイトのスクリーンショット)

第1回の放送から『笑点』(日テレ)に出演し続けてきた桂歌丸が30日、番組からの勇退を発表。22日にそれを匂わせる発言を行い注目を集めていたが、退く決断は昨年の秋頃に番組側に伝えており、既定路線だったそう。

現在、次期司会者は不明で、おそらく歌丸最後の出演となる15日のスペシャル番組でなんらかの動きがあると思われる。司会者のバトンが誰に渡るのかは否が応でも注目されるが、「クオリティ」が保たれるのかについては、不安視する声がある。


 ■五代目圓楽も当初は不評

『笑点』の初代司会者は立川談志で、前田武彦、三波伸介、五代目三遊亭圓楽、桂歌丸と受け継がれてきた。もっとも人気が高かったのが三波伸介で、じつに10年間その座を務め、『笑点』の人気を不動のものにした。

ところが1983年に三波が急逝。五代目三遊亭圓楽が復帰し、その座についたのだが、前任者の豪快なスタイルとは一線を画した圓楽の司会ぶりは当初不評で、「つまらなくなった」との声も多かった。


■ファンを失う可能性も

圓楽の後を継いだ歌丸は番組当初からのメンバーということもあり、交代もスムーズに受け入れられたが、その後を受けるものは、前任者が『ミスター笑点』だけに、「前のほうがよかったと」という声と戦うことになる。

実際、テレビ界は逆風にさらされており、「昔のテレビより今のほうが面白いと思う 」と思っている人はわずか1割。

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そのような状況の中で長年活躍してきた歌丸を失う『笑点』も、司会者によってはファンを失う可能性がある。


■同じ番組で司会者交代した番組のその後は?

今回のように長寿番組の司会者が交代した番組は他にもある。その後、どうなったのだろうか。

①『クイズダービー』(TBS系) 大橋巨泉→徳光和夫

1976年から1990年まで大橋巨泉が司会を務め、日本テレビをフリーになった徳光和夫に交代。約2年後の1992年に番組終了となった。

大橋のイメージが強く、徳光が司会をやっていたことを知らない人も多い。


②『クイズ世界はSHOW by ショーバイ』(日テレ) 逸見政孝→福澤朗

逸見政孝司会で1988年にスタートし、日本テレビを代表する番組となった。しかし、逸見の死に伴い福澤朗に交代し、パワーダウン。約2年で終了した。

番組末期は激しいリニューアルが行われ、当初のコンセプトとかけ離れたものになってしまった。


③『アメリカ横断ウルトラクイズ』(日テレ) 福留功男→福澤朗

福留功男が第1回から14回まで務めたあと、15回の2問目から福澤朗が司会を引き継いだ。内容に大きな変更はなかったものの、第16回で終了。その後放送された『今世紀最後』では福留が復帰している。

福澤朗は2代目司会者にたびたび起用され、終了に追い込む事が多く、「番組クラッシャー」と揶揄されることも。


このように、交代で番組がパワーダウンすることが多々ある。6代目司会者は人気を維持させることができるだろうか。

(取材・文/しらべぇ編集部・佐藤 俊治

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【調査概要】
方法:インターネットリサーチ「Qzoo
調査期間:2016年3月18日~2016年3月22日
対象:全国20代~60代の男女1352名(有効回答数)

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佐藤 俊治

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